カテゴリー

2024年6月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ

« 講習会 | トップページ | 負債を背中から下ろすと言う考え »

明日を思うのだが

5d_20060923_0472

明日で震災から1年。様々な事を見聞きしてきたが、今回は自然災害以外に原発事故と言
う人災があまりに大きく国民に今そこにある危機をつきつけた事になったと感じる。

地震は日本と言う世界でも稀な大規模地震多発地帯で生活している以上、古来避けては通
れない災厄だ。だから津波にしても鎮守の杜はそれを後世の村人に伝えようとしていた。

屋根の上のバスを見るのが辛いと言うのも判るが、それはその鎮守の杜を刈り取って来た
事と同じで見たく無いものを都合で見なくするのと同じだと感じる。子供にあのバスを見ろ、
ここは危ないんだと誰がちゃんと教えるのか、自分の命を守る術を伝えたくないのかな?

原発は私自身、微かでもその仕事をしてきたので全否定はできないのだが、今の気持ち
で言えばできれば緩やかに廃止の方向に向かい、幾つもの方法によるミックスで都会へ
の電力供給に対応できればと思う。

でも現実的に技術的・経済的な視点に立てばインフラだけの話ではなく、前提としての都会
の人が考え方、ソフト面を変えないと無理と言う物。使わないから要らないを実践してみせ
ないと行けない。

また、話は変わるがその都会の人の一部がロウソクと燭台を被災地に送り、これまた一部
の人が瓦礫の受け入れをヒステリックにただただ拒否している。同一人物団体かは判らな
いが、送る人達は瓦礫受け入れをどう捉えているのだろうか気になる処。

とにかく国難として残留放射線量測定済みの被災地瓦礫は受け入れるが、そこまででこれ
以上被害拡散の可能性のある原発は受け入れがたい、その為に現在健康な我々は歩くし
階段も自分で昇る。クールビズもウォームビズも職場や家庭で受け入れる。照明は落とす
し、屋外にある自販機も使わないから不要なんだ!と宣言しているのならスッキリするのだ
けどな。

まずは歩こう、昇ろう、ゴミを減らそう、早く寝よう、早く起きよう、そうすれば副産物で子供も
増えるかもしれない。この災厄を教訓とするか、早く忘れたい出来事として後世には伝えな
いか、今が正念場だと思う、、なんてね。

« 講習会 | トップページ | 負債を背中から下ろすと言う考え »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

warakadoさん、こんにちは。

まったくそのとおりです。

この国は何でもかんでもヒステリックになる傾向があるようで、国までが原発を一斉に止めてしまった。
論理も根拠も無く、行動する輩が多すぎるようです。

今度は原発の寿命が40年と言い出してしまって、何の為の定期検査か解らない状態です。
古くなった部品を取り替える意味が無いじゃないですか。


除染に復興、早く進むといいですね。

もう少し個人の許容範囲を広げてほしいと思います。

我慢とはいいませんが、自分自身で折り合いのつく範囲を広げてほしい。ちょっと肩
が触れただけで、戦闘態勢になるのと本質的には変わらない気がしてなりません。

原子炉も国民総意なら停止なら停止でいいんですが、核廃棄物を例えばモンゴルの
人外地である内陸部に埋めると言ったら皆喜ぶのでしょうかね。対価を払って引き受
けてくれるなら国外の途上国でもいいのかと聞いてみたい。

また、災厄に関して日本は地形も地質も細かく混じり状況が複雑です。一様な対策な
ど規定してもその効果に大きな期待はできないと思います。地元に昔からある伝承
口伝をおろそかにせず、堤防一つ橋一つその地にあった効果的な復興建設で後世
に評価してもらいたい物ですね。

何をするにしても、既に納税者の一人一人の負担として始まっているのですから是
非とも為政者の方々には褌しめてやってもらいたいものです。

あ、最後に書き忘れましたが大切なのは

脱原発 や 卒原発ではなく

脱便利・快適 や 卒便利・快適です。

そうすれば積み重なる医療費もわずかでも減ってくるかもしれません。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 明日を思うのだが:

« 講習会 | トップページ | 負債を背中から下ろすと言う考え »