朝から快晴、ノルディック日和である。それで昨日の今日だが新しいポールを持って、弁天町で行われる例会に参加する。
7月に続いて2回目の参加。皆さん、普段から運動していらっしゃるので様になっていらっしゃいます。最高齢は左の薄紫のポロの方で御年83歳。しゃきしゃきです。
JR弁天町を起点にスタート、じきに安治川隧道南側に到達。子供の頃、車にのったままエレベーターで下に降りて川を渡った事があったが、今は人・自転車のみ通行可能となっている。
海底(川底?)トンネルの中はご覧の様に狭く、トンネルの真ん中には警備員がいる。24時間ではないが、夕方位までは巡回しているそうだ。因みに先ほどのエレベーターにはれっきとした大阪市職員がいたそうだ。「エレベーターのおっちゃん」と地元では言っていたそう。
安治川をくぐって北側に到着。それから川沿いを進み、大阪中央卸売り市場に到着。青果では梨が最盛期の様で、休日にも関わらず、パネル車に荷を積んでいた。
川の流れに身をまかせではないが、ひたすら安治川を遡上する。もう、一目八景と言える位に眺めが良い。人工物ばかりなのだが、その造形には自然物とは異なる景観があり、それを楽しむ。
川と橋を巡る行程は更に川上へ向かう。ここまでは非常にまったりしたペースで、写真をとりながらぼちぼち進む。こう言う時にはストラップが直ぐに外れるNewポールに感謝。

それにしても空が高い。この遊歩道は歩行者専用で、自転車も乗り入れができなくなっている。手押しなら歩行者と言う意見もあるが、自転車持込禁止である。
今、テレビでも盛んに宣伝しているダイハツ コルテオの会場。体操の様なサーカス?と言う位の知識しかないが、結構な人が会場に吸い込まれていった。
さてもダイビル。大正生まれ、その品位ある85年の歴史に終止符を打ち、大阪市民の声は届かず解体を待つだけとなった。昭和20年の大阪空襲を含めて100発近い焼夷弾をその身に被るも、懸命の消火作業や、大阪初の耐震壁の採用故かその勇姿を現在まで保つ。この春に見た西宮の甲子園ホテルもそうだが、品と格を備えた建物が昭和にはあった。平成に生まれるのだろうか。
さて、もうじき折り返し。堂島川を遡上し、水都大阪のメインの一つであるバラ園へ向かう。もう3~4回目だが、天気が良いのでよいだろう。
水都での写真は省略。バラアイスなど売っており、ちょっと興味はあったが、喉が渇きそうなのでパス。さて、折り返しは順調に結構なペースで川沿いを下る。阪大医学部病院跡に作られたほたるまち。写真はABC朝日放送の本社である。
さて、最後になったが、また大阪中央卸売市場に戻ってきた。そしてこのEssoこそ、18歳の時にバイトしていたスタンドだ。きっとこの写真を見ると某なにがし氏は飛びついてくるだろう。ここから予備校にも通ったと思ったが、お互い若かったね。あれから32年、君は34年か?なにもかも懐かしい。
さて、最後の一枚。安治川隧道の車用エレベータ跡。昭和19年9月15日竣工とある。太平洋戦争中だが、船舶の往来が激しいこの場所なら、高い橋梁の橋を必要とするだろうから、川底トンネルの方が良いとなったのだろう。。
今日は天気が最高で、実に楽しい行程だった。またルートをいじりながら、橋と川を巡るルートを歩いてみたい。それとEXELの新型3段伸縮ポール。昨日から30kmちょっと歩いた感想は「買い」であった。これほど短くなるのに、必要充分な強度を持っており、重さも程ほど。振動が大きいのは構造上避けられないが、不快ではなかった。いい感じだ。
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