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幸之助翁の青春

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今日は仕事で野田阪神へ。日中、春を思わせるポカポカ陽気に誘われて昼食もそこそこに前回行きそびれた松下電器創業の地を尋ねる。

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商店街を通り、阪神の高架沿いに進むと今は公園になっている創業の地記念碑(第2次本店、工場)に行き当たる。写真は創業の地の説明図。昔、読んだ本には『験を担いだ幸之助翁にあっては地名は大事。そこで末広がりのこの地名、大開(おおびらき)に未来をゆだねた、、』とあった。ほんまかいな? 

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翁の『自分には 自分に与えられた道がある‥以下略』と書いある。千里の道も一歩からかと私はこの碑を見て思う。

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更に路地の奥に入ると西野田工業高校があり、その南側に創業の家があった。今は全く別の人が住居としてお住まいになっているのでさり気なく、隣家の方にも爽やかに挨拶し撮影する。

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本当に普通の家、当時は奥さん(むめのさん)と義弟(井植歳男氏)の家族3人で二股ソケットを作っていたと書いてある。本当にこちらが創業の地になるのだろうか? やっぱりなるんだろう。1918年(大正7年)、もう直ぐ90年になるのか。

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続いて第1次本店、工場へ。歩いて数分の距離だ。ここでは更に松下電器を有名にした二股式ソケットと乾電池式砲弾型自転車ランプを作っていた。この地で従業員が10倍の30人に。

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今はアパートとなっていた。この工場を建てる資金に不足し、残金を割賦で払ったとある。その時から支店長の決済で無担保融資を行った住友銀行野田支店と付き合いが始まったと日経『天馬の歌』にはあったと思う。

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路地を覗けば西野田工業高校が見える。この辺は本当に懐かしい感じがする。

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なかなか商売熱心なたばこ屋だ。で、たばこ屋で文具を売っていたりするのだが、その前に必ずあるのが、、、

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大開小学校。最近リニューアルされたのか非常に綺麗な学校だ。私の出身校は大正6年開校だから丁度90年だが、こちらは大正9年開校だからちょっと後輩。そんな事は何の自慢にもならないが、大阪市内には由緒正しき学校が多数残っている。

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先ほどの西野田工業高校も100年の歴史を持つ。大開は空襲により叩きのめされた大阪の地にあって壊滅的な被害は免れたと聞く。古い戦前からの民家(長屋)も多数目に付く。野田藤を巡って散策した時と言い、とてもいい街と思う。

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直ぐ向こうには高層ビルの立ち並ぶ梅田の街があるのだが、都会のざわめきはこちらまでこない。ここはそこで生活する人の息遣いが聞こえてくるようだ。でも、この街も何十年も暮らしている人にとっては大きく変わった、、と言う事になるのだろう。

幸之助翁が青年期を過ごしたこの大開で、担いだ験の通りで大きく開運した事だけは間違いない。氏の本籍地が終生この地にあった事を見ても大切な土地だったと思われる。

中々楽しい昼休みであった。

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コメント

▼warakadoさん
 僕は先週、松下電器歴史館に行ってきました。この創業の家の1階部分の実物大の再現がありました。砲弾型ランプや二股ソケットの実物も見ました。みんなベンチャーからスタートしているというのがよくわかりました。
 松下と住友のつながりは強いですね。ツイン21も今住友の持ち物になっていますしね。私のヨメの母は住友銀行に勤めていましたが、戦時中動員で軍需工場の応援に行ったとき、松下の二代目の松下正治さんが同じところに来ていて、一緒にバスに乗って行ったそうです。

うずらまんさん、こんにちは

90年前、たった3人で始めた仕事が何万人に膨らむまではベンチャーの苦しみは嫌と言う程味わった事でしょう。でも幸之助翁は何かが違ったんでしょうね。

それと工場の動員ですか?私の母も動員でゼロ戦のポイントを作っていたそうです。銀製で、とても管理が厳しかったとか。

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