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五山送り火、終戦の日を超えて

 京都にいる私の叔父は毎年この日をどの様な気持ちで向かえているだろうか。今日は写真も無く、話も長くなるが自分の身内が体験した戦争、私の感じた靖国問題などをつたないながらも話してみたい。

 父も叔父も徴兵で出征していた。父は満州へ、叔父は満州から更に南方へ行った。父は看護兵として直接前線に出る事は無かったが、後方にいても戦病兵の看護でA型パラチフスやその他死亡率の高い伝染病を患い死線を何度も彷徨った。また、サイドカーに乗れたので病気で倒れた運転手の代わりにいっとき憲兵に使われ、その間に解放軍のゲリラにあってこれまた死線を彷徨った。ある時、中国人の農民と幼子がサイドカーのボートに乗った憲兵に近寄ってきてかごに入った野菜をくれようとしたのだが、手榴弾が入っていたそうだ。父は傍らにいた憲兵の行動により無事だった。ただ、自分が手足バラバラに吹き飛ばされるのは嫌だが、それでも「子供を殺さんでもええやろ」と言っていた。

 叔父の場合はもっと悲惨だった。2000人の部隊がわずか数名生きて帰ったのみ。叔父は戦争の事を黙して語らなかったが、大病をしてからポツリポツリとその悲惨な体験を話すようになった。悲惨は叔父側だけではない。殺された側も悲惨だ。満州から南方へ移された部隊は各地を転戦し、主にはイギリス軍、インド軍と戦ったと聞く。弾が無く、銃剣も無くしたのでトーチカに手榴弾を入れた後、出てくるイギリス兵を銃把や岩石で撲殺したとの事。『何か言っていたがそんなの判らん、判っているのはわしらを殺すつもりで撃ってきた事だけや』と時折目を潤ませて話していた。

 大勢仲間が死んだ。塹壕から隣の兵が頭を出した瞬間に叔父のメガネが真っ赤になって見えなくなった。横には頭半分を無くし、さき程まで食い物の事を話していた友が痙攣していた。それ以来、塹壕から頭を出す時は先にこぶし大の石を置いてから頭を上げる様になった。少しでも生き延びる為の知恵だと言う。
 行軍の最後に叔父は行き倒れた。助けてくれたのはインド兵だった。いったいどう言うルートで彷徨ったのか?捕虜期間中、栄養失調にマラリアで助からないだろうと言われていたのが一命を取り留めた。殺されると教えらた捕虜になっても軍医のイギリス人と看護のインド兵は終始優しかったそうだ。
 また、戦後日本に復員する船でコレラが発生、日本がすぐこそに見える沖合いで何週間も待機させられた。当初は薬も無く、感染者を生き死に選別する。そこでも叔父は生き延びたのだが、既に自宅には戦死の知らせが相当以前に来ていた事を復員してから知り、敵と思った人に思いがけず優しくされ、命を懸けた国から見放されたと感じたと言う。

 叔父は二人いた。上の叔父は軍需工場である名古屋の三菱重工に勤めていてB29の爆撃で死亡した。私の母が名古屋へ行って身元を確認した。顔面が半分以上潰されて判らず、衣服と体の特徴で判ったと聞く。母が行ったのは祖母が倒れたからだ。

 戦後60年を過ぎ、身近に戦争体験を語れる人が少なくなってきた。叔父は極限の飢えを知らない飛行機乗りではない。叔父の言葉を借りると伸びると抜かれる草だった。飢えて、飢えて、人の生き血さえ欲する草が語る戦争こそ本質であり、そこに救いは何も無いと感じる。同じ死ぬにも帽を持て見送られる飛行機乗りの覚悟とは違う。草として戦い、業火に焼かれ、追われ、草として倒れたのだと話を聞いていた。

 生き残った叔父はある機会を得て悲惨な体験を僅かづつでも何かに書きとめようとしていたが、思うように進まないようだ。今日来る五山送り火に手を合わす叔父が思い浮かぶ。

 靖国の話をしよう。私のつたない感想だが、首相の批判されるなら「いつやっても一緒なら8月15日」と言う発言には同意できない。やはり8月15日、16日と言う日は行って欲しくなかった。公人にしろ、私人にしろ参拝その物へ異論は無いが、日は選ぶべきだったと私は感じる。首相の言う「ともらいと誓い」なら新年でも大晦日でもいいじゃないか。いっそ毎週何曜日、いや8月15日を含む365日なら誰も文句を言わなかったかもだ。

 もう一つ考えてみよう。靖国神社で問題視されているのはその祭事においてお寺の様な死者への哀悼や冥福を祈る物が無い為ではないだろうか(この事、間違っているか?)。
 私の認識では靖国神社は戦争で死んだ人を顕彰する為のみに存在し、各々の時代の国難を救った英霊を祀り、褒め称える為にあると思っている。無論、それ自体に異論があろうはずは無い。国を守る事は全てを守ることであり、そう信じて亡くなられた幾100万の人達に対して後からの者は二度と過ちは犯さないと誓うのみである。

 そしてこの誓い方に疑問を投掛けるのが中国、韓国の立場である。今度の戦争が日本の国難を救う(守る)為かどうかは関係なく、侵略戦争であったの位置づけがなされている事を各々の戦後教育を見ても判る。一方日本の教育はその戦争の位置づけを明記していない。少なくても私は歴史年表で年号と事象説明(一部のみ軍部の独走とあった)を受けただけだ。靖国神社の祭事が軍国主義と繋がりがある(と主張している)事、歴史教科書への侵略の記載を拒む事こそが日本はまだ軍国主義を望んでいる証拠なのではないか?またそのように教育された彼の国の子弟からの強い批判、行動に繋がっていると思う。

 靖国問題は個の問題で終わる話ではない。「侵略のありよう」を日本の戦後教育を含めた歴史認識として国民全体で受け止めろと言う強いメッセージと感じる。侵略戦争に到る背景を事実として教育の場で今後の日本人に知らせる事が長い目でみた戦後教育、靖国問題の解決手段と私は思う。事は日本人の歴代指導者の中にある侵略と言わない問題であり、国内問題ならそこを曖昧にしてきた責任は大きい。この時の国難とはなんぞやと言う説明は児童、学童時代は一切受けちゃいないのだから。そして戦争で亡くした多くの命を受け止め、指導者を選ぶと言う事はどう言う事なのか(当時は国民全部に選挙権は無かったが今は成人なら全員ある)北朝鮮を例に出さずとも判る事なので、そこをみっちり教える事こそ民主教育と思う。
 また、軍国主義に教師の果たしたは役割は大きい。戦前、戦中の教師はどのような指揮の下でどのような教育を子供達してきたか、軍国主義とはどう言う事を言うのかを今の人に伝えるべきだ。生きているなら最後の責務を果たしてもらおう。そして軍国主義と国防との違いを個々で考えて貰おう 。その代償はあまりにも大きかったのだから。

 その上で、堂々と中国の天安門虐殺、ベトナム侵攻、東シナ海侵略、韓国の竹島占領など、国難を救う事全てが他国に対しても、あるいは自国民に対しても常に正義かと言い返してやればよい(同じ事をアメリカには言えないな、たぶん)。また、それほど一人立ちを望むなら戦後賠償代わりのODAは即刻停止し、幼子の成長を喜び仕送りを止め、今後国際社会で競争と協力を対等にすれば良いと思う。相手は既に宇宙へも人を送り込む立派な大国だ。宇宙開発を成功させている国に今更ODAもないだろう。喜んで手を引いてやればよい。

 長文、駄文で失礼。ただあまりにも多くの意見があるのだが、各々国民として感じる事は自由であり正解と思うので場末のブログであっても言い放しておきたかった。

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